「これ……栞？　手作りです？」
「……ん。創くんの、ね」
　そう言って差し出された紙片の先のこより紐が、ジュンの手に針金のような影を落とす。おそらく昨秋に創の手で拾われたのだろう、四季の風情が色彩そのままに切り取られ、画用紙とフィルムの間で上品に佇んでいた。
「器用なんですねぇ～。そういや茨の奴も香袋を貰ってましたっけ」
「……でも、私はうまく使ってあげられない気がして。それが少し残念」
　落胆の色を滲ませた吐息に思わず顔を上げる。そんなジュンの視線を察したのか、「物理的な問題ではなくてね」と補足が添えられた。
「栞を挟むということは、本を中断しなければならないということ。私、基本的に一息に読んでしまうから。途中で読むのを止めるという経験があまりなくて」
「ああ、そういう……」
　そんな悩み、存在するんだ……。ジュンの理解には程遠いそれは凪砂に二度目のため息を吐かせた。この場に茨が居たら、そんな気苦労を元手に制裁でも加えただろうか。いや、発端が創である以上、身内に対する甘さが発動するかもしれないが。
「ナギ先輩が読書早いのは知ってましたけど、ひょっとして前に貸してもらった長編小説、あれも一日で読んじまったんですか？」
「……プルースト？　あの長さともなると流石に数日を要したけど、分冊になっているからね。今はやることも多いし、区切りの良い巻数で止めていたよ」
「それでも最低でも一日一冊は読み切ってたってことですよね……」
　ちなみにジュンは完読を頓挫し、先日平謝りで返却している。土下座をしてもジュンの頭には入らないよ、と。凪砂なりの気遣いという名の正論を派手にくらい、日和に憐憫の眼差しを向けられたのは記憶に新しい。
「……ジュン、使ってみる？」
「な、失くしたら大変なんで……！」
　仕舞いこんでおくのも可哀想、と神妙な顔つきの凪砂を前に三拍ほどの思案。
　そして「ええと、たとえば、中断せざるを得ないほどの何かが起こることを想定してみたらどうですか？」と提案。
　要は、栞が機能する場面を作ればいい。そんな安直な発案は、意外にも佳人の心に届いたらしい。琥珀をゆがいたスフェーン色の瞳は、素晴らしい屈折率を以てして光を出し入れするのだった。
　思わず本を閉じてしまうほどの、活字を追う幸福を上回るほどの、劇的な。
「……――栞を、挟むほどの何か？」
　時代が時代なら、その風光明媚な瞬き一回でどれほどの国が傾くのか、なんて。
「背後から襲撃されたり、とか……？」
　平時の穏やかさからは想像もつくまい。

「……って、言われてね。私の後ろを取れるのは、現状君くらいかなぁと思って」
「はあ……。で、自分は頃合いを見て畏れ多くも襲い掛かればよろしいので？　この心許ないこより紐で」
「うん。できれば、物語の佳境以外だと有難いな。タイミングを見誤ると新たな火種を生みかねないしね」
「平和ボケ極まりない依頼ですねぇ……」

治にいて乱を忘れる