　　　Lesspole・Response

「こだまって、結局なんなのかな」
「というと？」
「自分の声がかえってくるっていうけどさ、自分で認識している自分の声と実際に音になっている自分の声が違う以上、それは他人のものと相違ないんじゃないかな」
「ははーん、『返ってくる』が『帰ってくる』わけじゃあないってことか」
「したり顔やめろ。まあ……『帰る』ってそもそも対象が人だしね。身体を離れた声が、果たして人に分類されたままでいいのかは微妙なとこだろ」
「それに関して、考察すべき点は二つある」
「うん？」
「一つ目。人の定義をどの程度まで引き上げるか、だ。こだまといえど言語を所持する存在は人と扱うか――」
「『言語を所持する存在』を強調して、あくまで肉体と声両方を揃えて人とするか……」
「そう。つってもこれ人間が決めたんじゃただのエゴ止まりなんだけどな。こだまってのはよお、木の御魂っても書くんだぜ」
「人の一部ですらないじゃん」
「そういうこった。人から離れた音は、木に宿る。木を産むんだよ。木の持つ『気』の一部になるんだ」
「そんなの、まるで神様だ」
「神様さ、俺らにしてみりゃな。水にしたってだ。自然からすれば人間なんてあさましいもんだぜ。共生なんておこがましい」
「……諦めてるってよりは、羨ましがってる感じに聞こえる」
「羨んでるのさ。実際、羨ましいだろ？　森羅万象なる存在と共に生きることができたら、電車乗り過ごしたなんてちっぽけな悩み、一瞬で忘れるぜ。まあお前は何もしなくたって一瞬で忘れそうだけど」
「失礼だな。ぼく、こう見えてここまで腹割って話せる知人は君くらいでね。なかなか人に弱みや悩みを見せられない男なのさ」
「そこで知人止まりなのがお前らしいよな……」
「友人知人の上位関係なんて当人が決めることだろ」
「無論上位は？」
「友人」
「俺お前のそういうとこ気に入ってる」
「そりゃどうも。右足のナイフは要らないよ」
「そう言うなよ、餞別だ」
「おやおや」
「おやおやじゃねーよ」
「殺人はいけないと思うよ」
「白々しい」
「君が言うか」
「だって殺人を禁止したら大変だぜ」
「何がどう大変なんだい」
「その代償に俺が死ぬ」
「節電よりよっぽど地球に優しいよ。ところで、二つ目は？」
「あ？」
「君がいうところの、論ずべき点二つ目」
「え、俺二つあるなんて言ったっけ」
「しっかりしろ若者失格」
「抉るぞワレ」
「いいから、珍しくぼくが覚えてるんだから思い出せよ。気になってしょうがない」
「分かった分かった、順にな。まずは中国の笹の話だったよな」
「君の言う成績優秀が信用ならないということは、十二分に分かった」
「冗談だっつの。つまんねー奴だな。連想ゲームで七夕ネタくらい出してみろよ」
「ぼくらにとっての七夕は五月十三日だからね」
「おいやめろよ二十八度なのにこの鳥肌」
「全くだ。願い事なんざひとつだろ？『今日と言う日が早く終わりますように』」
「おま、年一の機会にそんな願い事で彦星泣くぞ」
「いいじゃないか。彦星だって早く済ませて織姫と宜しくやりたいはずだよ」
「シモい！」
「はい冗談サービス終了」
「お前ほんとかわいくねー性格……さっきちらっと言ったとおりだよ。人の身を離れたこだまは木に宿る。木の一部、即ち自然の一部になる。これを受け入れるか、あくまで人の所有物が自然物に癒着しただけと考えるか、だ」
「癒着って嫌な言葉だなあ……」
「固執のほうがいくらかマイルドかね」
「それはそれで火サスのヒロイン臭がしてちょっと」
「だあああ注文多いな思春期の女子中学生かお前は」
「まあその論点を踏まえた上でぼくからひとつ」
「おう」
「身体を離れた言葉がどこに属するか、それは一先ず置いておこう。その次だ。離れて、木に接触して『かえって』きたその音は、誰のもの？」
「……」
「やはり人間のものであると言い張る？　自然が介入した以上、それは神のものになったとでも言う？」
「……どちらも正解、なんじゃねーの。持論全部覆すようなことになりかねねーけどさ」
「本当だよ。ずるくない？」
「前者なら、結局は自分に自信がある人間なんだろ。放った言葉を回収して、確認したい。後者は、そうだな―安心したいんだよ。自分だけど、自分じゃない何かに肯定してほしい」
「君は前者？」
「んにゃ、俺ァ別に自分の発言に責任持ってるわけでもねーし。常に吐き捨ててるようなもんだ。この身が現実にありゃあそれで良い」
「じゃあ零崎人識も神様に認めてほしいわけだ」
「その接続詞は意味がわからん」
「君が言ったんだろ、もう一つの名はもう名乗るつもりは無い。口にするのはもう零崎姓だけだ、てね。ミギワメ？　だっけ？　それを捨てて『零崎人識』を名乗ったんだろ？　受け取った木の御魂が、本来言葉を持たない植物がわざわざアクションを起こしたってことは？」
「……こだまを返された、イコール無言の首肯ってことか……？」
「ご名答」
「あーらら……山の主に存在確証されるとか俺かっこいー……」
「悪くないんじゃないの」
「まあ否定されるよりゃあな」
「気弱だな」
「うっせ、ハタチ越えるとナイーブ一直線なんだよ。けどま、後先長くないし、今後は拾ってくのも悪かねえとは思ってるよ」
「過去に自分が捨てたものとか？」
「まあな」
「不毛だなあ」
「人のこと言えねーだろ。嬢ちゃんどうすんだ」
「お互い様だってね」
「そんなの今更だ」
「今更ついでに一つ叫んでみる？」
「確証されたいことを？　例えば？」
「ふむ、ここは同時にいこうか」
「今の俺ら最高に温厚な仲良しだからな。仲良く二人三脚しながら互いを殺せる」
「はは、愉快な図だ。せーの」
「「『生まれて良かったんでしょうか』」」
「……ぶは、きめえ」
「最高に生ぬるい願いで最高に気持ち悪い願いだね。随分と人間臭い」
「いいんじゃねーの、俺もお前も、橋の下で会った頃とは、多分全然違う」
「ところでかえってこないけど、こだま」
「うわーマジかよ……ちょっとへこむ……。何が駄目だったんだ？　言い方？」
「もっと取引先に言うみたいに言うべきだったのかもしれない」
「まあこの会話自体、意味の無いこだまみたいなもんだよな」
「言えてる」

関係の無い話　終了