　春告げ鳥とはよく言ったもので、季節観測の対象でもあるこの鳥の名を知らぬ者は少ないだろう。
「……ん、もう外されたんじゃなかったっけ」
「ほう！　相変わらず閣下の博識さには頭が下がりますな！　春と言いつつ秋口まで鳴いてるので、季節性ゼロとでも判断されたんですかね～」
「ううん、確かウグイスだけじゃなくて、植物以外が廃止になったと思う」
　継続調査に協力したから知っている、と告げると分かりやすく茨の眉間に皺が寄る。
「聞いておりませんが」
「……言ってなかったっけ？」
　こてんと首を傾けたが「誤魔化されませんからね」とため息。
　例年になく降雪量が多かった冬も徐々に鳴りを潜め、春一番が吹き荒れた日の翌日。換気のために開けた窓からは、軽やかなさえずりが飛び込んできた。
　巴家に居た頃は、春の兆しが表れると真っ先に日和が扉を叩いたものだった。「ぼく、春と友達だからね」と言った彼の言葉を本気で信じていた時期があったのは秘密だ。
「……知ってる？　昔のウグイスは訛っていたから歌声を矯正されたという話」
「はい。都内の地名の由来にもなっておりますな。わざわざ西から取り寄せたウグイスを大量に放鳥して正させるとは、ある意味拷問よりも惨い仕打ちやもしれません」
「拷問なら抗えばいいけれど、環境に介入されてしまえば抗いようがないしね。……ふふ、関西弁も長らく聞いていると移るんだっけ。本当かな」
「間違っても西に飛んで方言移されようとか思わないでくださいね……。関西弁とウグイスの鳴き声を同等に扱うのもどうかと思いますが、そもそも鳥の鳴き声の優劣を人間が判断する時点で、所詮は人の言語の粋を出ませんね。ウグイスより蛙の鳴き声のほうが雅だという主張があっても、本来は誰も正解など持ち得ないわけですし」
「……好みだと言ってしまえばそれまでだけど。それでも万人の嗜好が模範解答になりつつある世の中だから、そこは仕方ないんじゃないかな」
「は！　多数決による民主主義！　多数は間違いを犯す可能性があるというのに、吐き気がしますね～！」
「茨だって、『万人に売れそう』という数値を叩き出して実行に移しているわけだから」
「まあ、ウグイスが鳴こうが鳴くまいが春は訪れますし、時間は止まってはくれませんからね。自分ならもっと合理的に策を立てたいところではあります」
「たとえば？」
「春告げ鳥を交代します」
「……なるほど」
「使えないから矯正する、というのも一つの手ですが。駒が不足しているならいざ知らず、潤沢にあるなら最適なものと替えるのが道理でしょう」
　人を駒扱いする割に、そこらの一般企業よりもよほど好待遇で従事させていることを知っている。
　彼の手持ちの会社では離職率が驚くほど低いらしい。当人は売上や成果を声高に豪語し、そのくせそういった内々の功績をひけらかすことはしないので、勝手に見たデータベースからの推測だけれど。
「……じゃあ、君ならどの鳥に白羽の矢を立てるのかな」
　青年は「そうですねぇ」と顎に手を当てて会話を区切る。言葉とは裏腹に、声色に浮ついた感じはしない。恐らくポーズだろう。温度を変えない瞳が雄弁に物語っている。
　その僅かな間は助走のように思考を整え、陽気な季節に在っても冷静さを失わない。臙脂色の髪は風に弄ばれるままになっていて、春にしては鮮やかだ、と脳裏にひかる若草色の春を再定義する。
　そんな凪砂の意識を引き寄せるようにひと際強く風が吹く。
　顔を上げた先、春陽にしては些か強い輝きが微睡みを貫通した。
「セキレイでも据えてやりましょうか」
　国産みの恩恵にあやかるためにね。
　長い冬の末に訪れる春の如く、凪砂の第二の人生を拓いた男はそう提案してみせた。

鶺鴒にたずねよ