「茨ならどっちを切ります？」
「赤」
　画面を注視したまま、こちらに一瞥もくれない即答はいっそ潔い。
　愛想のない最低限の返事が暗に構うなと告げていることを察しつつ、「オレは青じゃないかと思うんですよねぇ～」と続ける。ぴくりともしない表情筋も想定内だ。
「ほらここ、爆弾側に近いのって青じゃないですか？」
「純情なキャラ設定が常日頃からブレないのは上々ですが、もう少し目に見える情報を疑ったほうが良いかと。ぶっちゃけ切ってもタイマーは止まりませんし」
「え、マジすか」
「マジです。爆発の条件……というかカウントゼロになったときに接点が閉じて線が繋がる状態になるか、導通がない状態になるかで話は変わってきますが。ジュンのイメージはおそらく前者でしょう。タイマーは止まらないが爆発はしない、という取れ高のない顛末になるでしょうね」
「いや逆に盛り上がりそうな……じゃなくて、そっか回路が切断されれば良いんですね。んん？　じゃあ二本とも切っちまえば良いんじゃないですか？」
「馬鹿」
「馬鹿⁉」
「同時に切ったら瞬間的に導通が出てドカンです。迷いと焦りはドラマの中でだけ生きるパフォーマンスですよ。本物の戦場では迷った人間から死にますからね」
「夢がないっすねぇ」
「爆弾に夢を持っても」
　指先だけを淡々と躍らせていた茨が漸くキーボードから手を離すが、相変わらず視線は液晶を捕らえたままだ。煌々と眩しい画面には彼の功科が並んでいるのか、唇の端が僅かに持ち上げられる。眇められた瞳は夜深のように冷ややかで、まるで断頭台を見据えるような厳しささえ感じられた。
　それが不機嫌ゆえではなく素に近い表情なのだと気付いたのはつい最近のことだ。取り繕うことを放棄した雑な口調は、彼の核を年相応の位置までゆるやかに引き下げる。そんな撓んだ姿のほうが”らしい”……なんて、本人に言うつもりはないけれど。顔色ひとつ変えず、一蹴されるのがオチだ。
「昔、拾った野良猫がやっと餌を飯食ってくれた時もこんな気分でしたっけねぇ」
「は？」
　こっちの話です、と手元の模型に視線を戻す。
　撮影で貰ったそれは、たとえ片一方の色を切っても机上の勝利しか得られない。しかも不発が成果ときた。こんなはりぼての功績に縋りたくなるような瞬間が、この先自分にも訪れるのだろうか。
　ふつりと途切れた会話の隙間を夕さりが埋めてゆく。日没後の余光が青い線をも朱に染め始めたとき、胸の内を読み取ったかのように皮肉気なトーンが背中を小突いた。
「自分ならもっと意義のあるものを切りますよ」
「たとえば？」
「無能な上層部の首を」
「はは、容赦ないっすねぇ」
「木偶を間引かなければこちらの首が落ちますからね」
「茨、茨」
「なんですか」
「なんか、良いことありました？」
　——その瞬間はまるで永遠無窮だった。
　ついに向けられた瞳は、鮮やかな縹色を揺らしながらも何の感情も湛えていない。視線が絡んだまま遠くでキー音が響く。それが彼の指先から紡がれているのだと数秒遅れて理解し、次いで警告音、そして間、『送信しました』という素っ気ない音声。
　男は凜然とした声色で紡ぐ。
　まるで刑の執行を命じるかのように——実に愉しそうに。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「ええ、ありましたよ。言ったでしょう、垢を切る、、、、と」

　そのときジュンは、ああこの男が自陣営側で良かったと今更ながらに胸を撫で下ろしたものだった。

赤を切る